子育て、コーチング、母性と強みで個人、家庭、社会、地球を救う。

佐々木のり子物語 第1話 運命の新聞記事

2004年にマザーズコーチを立ちあげて、早いもので12年の歳月が過ぎようとしています。
ご縁をいただいた皆様のおかげで、ここまで歩むことができました。

私自身が「専業主婦・ゼロからのスタートであったこと」
「誰にでも無限の可能性は必ずあるということ」

上記2つを自分の体験を通して多くの方に伝え、
一人でも多くの方にさらに自分の可能性を広げていってもらいたい!
数年前から、そんな思いがふつふつと沸いてきていました。

今回、ご縁があって、Brilliant Space 代表 石松多美子さんと宮之脇 美紀さんに出会いました。
この方たちならきっとそんな思いを十分に理解し、引き出して文字にしてくださるに違いない!
そんな確信を持ち、このたび取材をお願いしました。
自分自身が忘れていた深い部分まで思い出すこともできました。
この文章は私にとっても一生の宝になりました。

これから5話に分けてご案内いたします。 それでは、ここから取材記事をどうぞお読みください。


取材記事本篇

【一人のお母さんに一人のコーチ】を提唱する
NPO法人マザーズコーチ・ジャパン理事長・佐々木のり子さん

家族や友達ではないけれど
100パーセント自分の子育ての味方になってくれる人がいたら
子育てがもっと楽しくなると思いませんか

マザーズコーチの名付け親で
現在世界を舞台に活躍するスーパーウーマン。

実はのり子さんもかつては、
子育てに悩む一人の母親だったのです。

子育てに行き詰まり、悩みもがいていた一人の専業主婦が
地球を救う使命に目覚める、佐々木のり子、人生物語です。

1.運命の新聞記事

暮れも押し迫った2001年12月28日
いつものように新聞を広げたのり子さんの目に飛び込んできた新聞記事。

のり子さんの人生を変えた記事です。

「暮らしのコーチ」
2001年12月28日読売新聞

暮らしのコーチ2

それは、当時日本に入ってきたばかりの能力開発方法
「コーチング」について書かれた記事でした。

この時二人の息子は9歳と11歳、のり子さんは40歳を迎え、
「人の役に立つことをしたい」
「そのために自分にできることは何か」を模索していた時期でした。

「これだ!」

記事を読んでピンときたのり子さん。
すぐに記事に載っていたコーチングの会社に電話しますが、
年末年始の休暇中。
休みの終わる1月5日までの期間が、
これほどまでに長いと感じたことがないほど、もどかしい時間でした。

そして2002年、たったひとつの小さな新聞記事がきっかけで
コーチングと共に歩む人生がスタートしたのです。

運命の記事と出会えたのは偶然なのでしょうか。

子育てと家事に追われていた30代、
その中でも自分の可能性を諦めていませんでした。

お茶やお花、着付けや心理学など
興味があることには積極的に挑戦し、
子育て中に取った資格は20以上。
しかし、それらは「本命」ではないと感じていました。

自分の可能性を信じ
常にアンテナを張っていたからこそ出会えた運命の新聞記事。

子供が小さいから、時間がないから、
自分以外に責任があると思っている間は何もみつからない。

私にできることは何?
私がしたいことは何?

そんな質問を自分自身に投げかけた時、
浮上してくる心の奥の思いや

諦めずに探していれば、必ず
生涯のテーマに出会うことができる。

模索し、自分と向き合い、そしてチャンスをつかんだ
のり子さんの言葉だからこそ、
かつての自分と同じ状況にいるお母さんたちの心に一瞬で届くのです

まるで、カーテンの間からやさしく差し込む朝の光のように・・・
光の世界に飛び出す力をサポートするマザーズコーチの存在は
今、世界で注目されています。

光

「取材担当記者のひとりごと」
http://ameblo.jp/brilliantspace/entry-12078579807.html


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マザーズコーチ・ジャパンは鹿児島市のにこにこ子育て応援隊に認定されています